メモを整理していたら
Somatic experiencing®︎の
トレーニングに参加していた頃に受けた
セッションのメモを見つけて
久しぶりに読みかえしてみる
それはバウンダリー(境界線)に関するもので
このような身体を通して体験してきたことが
自分の意識しないところでずいぶんと
子どもと関わる助けになっていることを実感する
子どもが生まれて
子どもの振る舞いに
私が反射的に反応するようなことが
ほとんどないのは
SEトレーニング中の3年間
受け続けたセッションの中で
発達トラウマをたくさん扱い
完了してきたことに支えられている
自分と子どもについて
向き合い始めてから
いつか子どもが来てくれることがあるのなら
きっとそれはみんなにとって
最適なタイミングなのだろうと
思ってきたけれど
自分の身体を整えるために
取り組んできたことが
こうして今のわたしを
助けてくれているのをみると
この13年という年月が
わたしには必要だったのだろう
そのときのメモを
ここに残しておこうと思う
「バウンダリーワーク」
手を動かして
自分で動かせるということを感じる。
足を動かして
自分で好きなように動かせるということを感じる。
この動きをしてみると動かすことを
躊躇している感じに気づく。
こんなに好きに動かしていいのかな…と
すごい遠慮
慎重さ
それはそのまま感じ動きを感じ続ける。
自分のバウンダリーを感じてみると
ウエットスーツのように
身体の輪郭にぴったりと張り付いている印象で
隙間がないかんじ。
その後に、両手を使って周囲の空間を探索する。
ここの部屋は安全だ、と頭で理解しながらも
そうは言わない抵抗を身体から感じる。
ここを安全だとは感じていない身体。
少し探索した後に休めて落ち着く感じに戻ると
身体を右へ回旋する動きがゆっくり現れる。
それに身を任せていると
しばらく回旋の動きが続いた後に
頭頂部でプッシュしながら
上へ登っているような感覚になる。
水の中を光がある上部へ向かって
上がっていくような感覚。(出産みたいだった)
その後、左手首に動きが出始め
それを見守っていると
(動きが誘導されやすいように
指を動かすアドバイスをされ動きが始まる)
手首から腕に動きが伝わり
左腕の領域を押し広げたいような感覚を覚え
それを何度も繰り返す。
(お腹の中のような感じがしていた)
左側の領域を押し広げることで
そこにスペースができ呼吸がしやすくなる。
次にその周囲を手のひらで探索し始める。
空中へ向かい両手を使って探索していると
なんだか楽しくなってくる。
赤ちゃんがいろいろなものに触れて
確認したがる感じってこんな感じなのだろうか?
触れて世界を確認していく喜び
それを体験していくような時間だった。
自ら湧き上がる世界を探索する動きを
止められることが繰り返されたり
安全や安心を感じられないような
場所や関係性の中に居続けることで
世界に興味をなくし
希望を失っていくのは自然なことだろう。
ちゃんとしなさい。
迷惑をかけてはいけません。
そんな言葉たちを通して
自分との繋がりが切れていき
社会で成功とされることや評価されることに
軸を合わせていくことに
一生懸命になっていくことも自然なことなのだろう。
自分の中の基準は失われてしまっているのだから。
子どもの
人の探究心を邪魔しない人間でありたい。