終わらせる

子どものことを
しっかり正面において
取り組み始めたのは
40を過ぎて数年経った頃だった
 
 
正面におくことができるまで
ずいぶんと時間がかかった
 
 
子どもを持つとも
持たないとも
答えは定まらず
どちらの覚悟も決まらないまま
何年も経過していった
 
 
 
自分の中から
はっきりとした気持ちが
立ち上がってくるのを待っていたが
それもないまま
子どもを迎えることが難しい年齢に
なるのかもしれないな
諦めとももどかしさともつかないような
気持ちで過ごしていたころ
 
あれは確か
車を運転していた時だったと思う
 
 
 
私と同じような子どもを
この世に生み出したくない
 
 
 
強く、切実な思いが
涙とともに
急に込み上げてきて
驚いてしまった
 
 
 
私はそんなにつらい幼少期を
過ごしていたのか
 
そういうものだと受け入れて
できることをやってきた日々が
そんなにつらかったのかと驚いた
 
 
 
それと同時に
自分の自覚のできないところで
子どもに同じような経験を
させてしまうのではないかという
怖れがあることに気づいた
 
 
こんな切実な思いがあるのなら
子どもが欲しいと
口にできないのも当然だと納得した
 
 
 
子どもができたら嬉しいし
喜んで育てるけど
できないなら
夫婦で楽しく生きていけばいい
 
そう思っていて
それまで一度も
子どもが欲しいと
はっきりと口にしたことがなかった
 
 
今振り返ってみると
はっきりと口にすることが
どこかこわかったのだと思う
 
 
 
そこから数年たち
自分自身の調整が進み
40も過ぎた頃にようやく
子どもが欲しいという強い思いが
自分の中にあることに気づいて
それを口にできるようにもなり
夫と話し合い
結果がどうなるかわからないけれど
できることをしてみようと
取り組みはじめた
 
 
 
取り組み始めて1年した頃
妊娠したが
初期に流産してしまう
 
とても悲しかったけれど
どこかほっとしていた自分もいた
 
 
 
それは妊娠中に
お腹に意識を向けると
そこは騒がしく
混沌としているようで
どこか気が狂いそうな
感覚になっていたから
これがずっと続くのかと少し不安だった
 
流産後に
身体は静かになり
落ち着きが戻ってきたと安心した
 
 
 
その後も
お腹の中の何かの存在に
やめてーと
唸っていたことがあって
夫とこれは妊娠できるのだろうか…
と話していた
 
 
 
自分以外の存在を
受け入れることを身体が拒否しているのか
その時の受精卵の状態が良くなくて
それを感じ取った反応なのか
自分でもわからなかったけれど
このままでは難しそうな気がした
 
 
 
 
それまで身体を整えることは
たくさんしてきたけれど
子どものことをテーマに
セッションを受けたことはほとんどなくて
 
子どもを授かることに
影響を与えているかもしれないと
思うものたちについて
ここで初めて取り組みはじめた
 
 
 
 
2度目の流産から
子どもを授かるまでの1年は
鍼灸に通って身体を整え
様々なテーマを扱いながら
SEセッションを定期的に受け続けていた
 
 
 
 
ある時のセッションでは
母からの電話で
不安をぶつけられて
初めて感じた母への怒り、拒絶
そこから始まった身体の重さ
凍りつきに取り組んだ
 
 
母に初めて感じた怒り…
提示される感情は
いったん全部受け止めて
落ち着いていくまで付き合うことが
当たり前だった私にとって
それは母との間にバウンダリーが
できたということの表れでもあり
うれしい変化ではあった
 
 
 
 
重く動きがとれなくなっている
お腹、下肢
 
対照的に軽さや自由の感じられる
上半身
 
その境界を感じていると
動きが上半身から下肢へと拡がっていく
 
 
 
はじめはぎこちなく
遠慮しながらだった動きが
時間をかけながら
少しずつスムーズになっていき
これでまた少し自由になれたと
涙がこみ上げてくる
 
 
 
 
動いていると自分の中に
開けられないフタがあり
その箱の中には
とても元気でうるさいくらいな
女の子の存在を感じていく
 
 
女の子のエネルギーが
少しずつ自分の中心とリンクしてくる
 
 
その自由な動きに
はじめは身体がついていけず
戸惑っているようだったけれど
少しずつなじんでいく中で
固かった胸の周囲が
やわらかく動くようになっていく
 
 
自分の身体となじんでいくにつれて
さわがしさは感じなくなっていった
 
 
 
 
このプロセスの中で感じた
凍りつき
 
これは私のものであり
母のものでもあり
祖母のものでもあるのだろう
 
そんなことを感じた
 
 
 
 
 
これで子どもに同じものを渡さないね
Lindaにそう言われて涙が流れた
 
 
 
 
この凍りつきを
誰かに渡さなくていいことが
本当にうれしかった
 
 
世代をまたいで
引き継がれてきた凍りつき
そこに触れ
動きを引き出せたことがうれしかった
 
 
 
 
これを持ち続けていたら
箱の中に入ったままになっていたような
元気でさわがしい子どもを
私は受け入れることができなかっただろう
 
 
そして、何らかの方法で
凍りつかせて
封じ込めようとしてしまうのだろう
 
 
 
 
子どもを持つことへの怖れは
この凍りつきに
紐ついていたのかもしれない
 
 
引き継がれた凍りつきを
ひとつ終わらせることができたことは
私を深く安堵させた
 
 
 
 
 
 
きみになにを渡していけるのだろうか