インタビュー 2

クライアントさんへのインタビューをご紹介させていただきます。
 
 
Yさんは2020年にスタンダードセッションを受けにきていただいた後、2021年よりご自身のペースで主にsomatic experiencing(SE)を受けてこられた方です。
 
 
その時々のご自身の状態に合わせて受けるペースを選択されてきましたが、昨年後半に集中的に受けたセッションによる変化を実感されていて、そのことについてやこれまでの取り組みについてインタビューさせていただきました。
 
 
数ヶ月、集中的にセッションを重ねられたことで進んだプロセスによる変化の背景には、その変化を可能にしたYさんのこれまでの様々な取り組みによる蓄積があります。
 
 
今起きていることに紐付く深い場所に身体を通して対峙できるようになる道のりは、このようにとても地道な積み重ねの中にあり、Yさんも以前「何にも変わっていないようなんだけど、ある時指数関数的に大きな変化がやってくる」と話されていましたが、お身体にとって必要なものが満たされたタイミングでふっと変化が現れてきます。
 
 
そんな身体の歩みについてお話いただきました。
Yさん、ご協力ありがとうございました。
 


 
S SEに興味を持たれたきっかけは何でしたか?
 
 
Y SEについては何度か耳にしていて、トラウマはあるだろうなと感じていたので興味を持っていました。
 
SEを受け始める少し前に、ロルフィングの10シリーズを受けていたんです。
 
子供の頃からお腹を下すパターンを繰り返していて、長い間続いていたのですが、母の病気をきっかけに母とともに食事療法を実践していたらお腹を下さなくなり体質じゃなかったんだと驚きました。
 
その状態はその後ずっと続いていたのですが、10シリーズを受け始めたら症状が戻ってきて、何かを食べると下すような感じになり、これは前のパターンだなと思っていたのですが、10シリーズが終わってもその症状が続き、これはSEを受けた方がいいのかもしれないと感じたことがきっかけでした。
 
 
S 10シリーズを受けたことで出てきた以前のパターンを取り扱った方がいいと感じて、SEを受けようと思われたんですね。
 
 
Y はい。
 
当時はいろいろなセッションを受けていて、その度に様々な気づきを得ながら自分への理解を深めていた頃でした。
 
 
S その頃は他にどんなセッションを受けられていたのですか?
 
 
Y その頃はシータヒーリングとクラニオセイクラルを学んでいて、その学びやセッションの中で様々な気づきを得ていました。
 
 
S いろいろなことを学ばれていた時期だったんですね。
 
 
Y その頃、そんなにいろいろ取り組まれて大丈夫ですか?と鈴木さんに心配された記憶があります。
 
 
S そうでしたね。
 
 
Y 自分の顕在意識では、学ぶことが楽しくて、学びやセッションの度にいろいろな感覚が出てきたりすることも楽しくて、大変さより楽しさの方が大きかったんです。
 
だから鈴木さんにそう言われても、別にそんなことないんだけどなと思っていました。
 
別の手法でも全てが連続しているようで、同じ方向へ向かって行くような面白さがありました。
 
 
S そうだったのですね。
 
 
Y 今、振り返ってみるとトラウマの層の中でその時に扱いやすかったものに取り組んでいたのだろうなと思います。
 
最近出てきて取り組んでいるトラウマは「土台of土台」という感じですが、その頃の学びの中ではもう少し上の層に取り組んでいたので、そんなに抵抗もなくて何をやっても「ここがこんな風に変わった」「楽しい」という感じでした。
 
 
S その頃はシータヒーリングやクラニオセイクラル、イールドなど様々なことを学ばれていたのですね。
 
 
Y CS60も始めた頃ですね。
 
 
S 今、その頃を振り返ってみてどう感じられますか?
 
 
Y その頃の取り組みがあるから、今取り組んでいるものが出てきたのだろうなと思っています。
 
母が亡くなった後、普通に生活もできるし笑ったりもできていましたが、どこか死んだように生きていて、これからこうして生きていきたいというような意欲を失っていた頃に、エネルギーワークやシータヒーリングに出会いました。
 
母が亡くなった事による後悔やいろいろな思いがあり、そこを扱っていった方が良いのだろうと思っていたのに、シータヒーリングでは母のことより常に父のことが出てきていました。
 
父の信念が私の中に根強くあって、それに毎回取り組んでいました。
父から無視をされたり、いろいろなことをされてしんどかった経験が出ないようにしていた訳ではないのですが、そこが出てくることはなくて、そこは出てこないんだなと思っていた記憶があります。
 
「それが出てこなくてもこんなに楽になっちゃうんだ」「周辺のことをやっていたら、そのことも済んでいったのかな」そう思っていました。
 
 
S 楽になったところが大きかったのですね。
 
 
Y そうですね。
 
自分の頭の中で正当性を主張し続けるようなこともなくなっていったし、本当にいろいろなところが楽になっていきました。
 
楽になっているプロセスの中でロルフィングの10シリーズも受けていましたが、それでも何か残っているのだろうなと感じていて、SEも必要なのだろうなと思いセッションを受け始めました。
 
その頃の取り組みや変化はとても助けになったけれど、今振り返ってみるとその時にやりやすいものに取り組んでいたのだなと思います。
 
 
S その時のご自身にとって取り扱いやすいところに取り組んで、できることをされていたのですね。
 
 
Y そうですね。
 
自分が何をやったのか気づかないけれど、父から無視されて初めて「私、何かしちゃったんだ」と気づいて愕然とするような思いや、父から突然無視されて生きた心地がしないような感覚になるトラウマは残っていると気づいていたのですが、そこが出てくる事はなかったんです。
 
人間関係もうまくいっていたし、あの感覚はなくなっちゃったのかなと思っていました。
 
 
S そんなタイミングでロルフィングを受けられて、違うプロセスが始まっていかれたのですね。
 
 
Y そうですね。
 
その頃は様々なアプローチから、今取り組んでいる層よりも上の層に取り組んでいたので、シータヒーリングも受け続けていましたが、今の土台のところが出てくることはなくて、
 
その頃参加していたイールドのワークショップではワークの中でその度にびっくりするぐらい身体が変化して、帰り道の駅の階段では足が勝手にトントントンと登って行くような感覚になったこともあり、身体の反応がとてもよかったんです。
 
 
S そうだったのですね。
その頃と今のお身体の反応性に違いはありますか?
 
 
Y 違いますね。
 
一昨年に自分にとって大きな変化があり、その出来事の後に腰痛が出てきてからは以前のような身体の反応が現れることは少なくなっています。
 
昨年の夏に鈴木さんからイールドを受けた時に久々に身体がちゃんと反応して、その後にあったイールドのワークショップでも身体の反応がよかったのですが、その後、少しずつ戻ってしまっていました。
 
その後に、集中的にSEとイールドのセッションを受けて、はじめはあんまり変わらないなと感じていた腰痛にも少しずつ変化が現れ始めて、腰痛の症状がだいぶ無くなってきたと感じていた時に、操法を受けてまた症状が戻ってきてしまうということがありました。
※操法 ー 野口整体における身体調整
 
定期的に操法を受けていたのですが、そんなこともあり「もしかしたら自分には合わないのかな、やめたほうがいいかな」と思いながら、今日の身体の様子をみて決めようと受けた時に「何かされるんじゃないか」「一方的に嫌なことをされても受け入れなくてはいけない」と感じながら受けていたことに気がつきました。
 
自分がだいぶ変わってきている自信もあったので、嫌なことがあったら受け入れなくても良いと思えたし、これまで自分の思い込みで先生の操法をちゃんと受け入れていなかったということにも気づいて、余計なことを考えずに一度素直に受け入れてみようと怖がらずにオープンに受け入れてみたら、身体の反応がとても良くて、それまで感じていた操法を受けた後の身体がしんどくなる感覚もなくて驚きました。
 
父との関係の中で作られてきた、「嫌でも甘んじて受け入れなくてはならない」「相手に添うようにしていなければ何か言われる」という無意識の身体反応が身体に染み込んでいたのだと思います。
 
警戒心を持ったまま操法を受けていて、はずしても大丈夫な警戒もはずせていなかったのかもしれないと気づいてはずしてみたら、身体の反応が変わりました。
 
この気づきは、集中的に受けたSEとイールドによって耐性領域が広がったり、自分の防衛反応を常に抑えているということに気づいたり、遅々とした歩みなんだけれどもすごく変わったという経験があったからこそだと思っています。
 
必要のない警戒心に気づいたし、以前は自分への信頼がなかったなと思います。必要のないものをいりませんとできる気がしないし、セッションにおいて取捨選択できないと感じていたのだと気づいたことは大きかったです。
 
 
S 先ほど話されていた「土台of土台」にある防衛反応を抑え込んでいることや、世界に対する警戒が高いんだということに気づいたことが大きかったのですね。
 
 
Y そうですね。
 
 
S トラウマとなるようなことを経験して、それが解消されないまま過ごしているとそれをベースにして様々な事にストレスを感じやすくなり、大小様々なトラウマが積み重なっていきやすいのですが、Yさんは認知を通して気づいたり、掘り下げていきやすいトラウマをシータヒーリングなどで取り扱っていかれたことで、少しずつ今の土台の深いところに降りてこられたのでしょうか?
 
 
Y 今思うと、シータヒーリングは頭で考える安心安全のもとで認知的なところに取り組んでいたのだと思います。それによる認知からの気づきはたくさんあり、助けにもなりましたが、その時期に並行してエネルギーワークやイールドなど身体を通した安心安全のもとで、身体のことに取り組んでいたことがここまでのプロセスを支えてきた要素として大きいと思います。
 
SEで土台のところに取り組んで、その変化を感じている今、振り返ってみるとその頃はいつ崩れるかわからない危うい土台の上でいろいろ取り組んでいたんだなと思います。
 
 
S 認知から自分の持っている信念や思い込みに気づいて変えていくことに取り組まれている時に、エネルギーワークやイールドなどのボディワークも並行して取り組んでいたことで身体性を持った変化に統合されていきやすかったのですね。
 
 
Y 身体のことに取り組んでその統合が進んでいたから、トラウマの上層部にあるその時に扱いやすかったものたちが取り払われていったのだと思います。
 
その時は何をやってもなんとなく進んでいる感じだったので、SEを定期的にしっかり受けようという思いにならなかったのですが、その後に仕事で人前で話さなくてはいけない機会があり、体調が悪くなったりして大変だったので、そこでSEを定期的にしっかり受けようと思い受け始めました。
 
 
S 認知的なアプローチとボディワークを並行して取り組まれていた時の変化と、昨年の後半に集中的にSEを受けたことによる変化にどんな違いを感じますか?
 
 
Y 以前はショックなことがあると簡単に崩れてしまうような、戻ってしまうようなところがありました。
 
精神的には小さい頃に感じていた絶望感や足元が崩れていくような感覚とか生きていけないような心細さが簡単に戻ってきて驚いてしまうようなことがありました。
 
何十年と社会性もなく生きてきたのに人間関係も広がり、自分はこんなに変わったんだと自信を持てているように感じていたけど、簡単にその信頼も崩れてしまうような感じでした。
 
それでも取り組みによって育ってきたものもあるから、総崩れしたように思っても、一歩も動けず立ち行かないという状況までにはならないけど、すごく脆い印象でした。
 
昨年に集中的にSEを受けていた頃は、この大変な腰痛が早く治って欲しいと思っていたので、腰痛の変化を後半まであまり感じていなかったこともあり、こんなの進んでいるのかなと思うこともあったのですが、終えてみて、家族と過ごす時の自分や先ほどお話した操法を受ける時の自分を通して変化を実感しています。
 
以前の変化は、すごく大きく変わったように感じていたけれど崩れやすいもので、今回の変化はとても小さな変化で進んだ距離もとても小さいような感じがするけれど、戻らないというのか…
土台としてちゃんと積み重なっているからそれが崩れない安定性を感じます。
 
 
S 私自身、SEのトレーニングを受けていた3年間にたくさんのセッションを受けていたのですが、3年間終えた時に感じたことは、自分という家の建物の土台である基礎を作り直したんだということでした。
 
Yさんが感じていた以前の変化は、Yさんという家の建物の部分を構築し直されたのかもしれませんね。
 
建物の柱を調整したり、不要なものを手放してお部屋の気の流れを良くしたり、壁紙を変えたり、インテリアを自分の好みに変えたり。
そのような建物部分の変化はわかりやすく、変化も大きく感じられますよね。
 
建物部分は整えられたけれど、基礎の土台がそれを支えるには少し不安定さがあって外部からの刺激があると揺れが大きくなりやすかった状態から、今回の集中的に受けられたSEによって、外からは見えにくいとても地味な場所でもある基礎に変化が生じて、外部からの刺激による揺れ方が変わったり、それによってYさんの感覚や人との関わり方にも違いを感じるようになられているのではないかと思います。
 
 
Y まさにそんな感じがします。
 
 
S 以前あった大きくは変化したけれども、脆さがあったり何かあると総崩れしてしまうような不安は減ってきていますか?
 
 
Y そうですね。
 
少ないというか、総崩れはないでしょうという信頼はありますね。
 
先日も父とのやり取りの中でなかなか酷いことを言われて、記憶違いの内容もあって「それは違うから」と怒ることがあり、これまでだったらその怒りはしばらく続くはずなんですが、その場から離れたらあっという間に落ち着いてきて、その後また父と普通に関われたんです。
 
父はその後も急に怒り出したりして、それに腹は立つんですが、私は自分が自分でいられながら最後まで付き合えて「あれ、すごいな私」と我ながら自分を褒めちゃいました。
 
 
S 基礎の土台にあった燃料、未完了のエネルギーがだいぶ少なくなったんでしょうね。
 
お父さんが過去のことを持ち出して理不尽なことを言ってきた時に、そのことにストレスを感じて身体の防衛反応として怒りが生じることは自然なことですが、今まではそれプラス過去の燃料にも火がついてしまうので、燃料がたくさんあると怒りはなかなか収まらなくて、交感神経系が興奮し続けることで疲れてしまい、ブレーキがかかるというような身体の反応をされていたこともあったのかもしれません。
 
今はその燃料がだいぶ減ってきていることで、理不尽なことを言われているその場の怒りはあるけれども、そこにある反応は今のことだけで、そこに過去の事がついてこない、紐づかなくなってこられているのではないかなとお話を聞いて感じました。
 
今の出来事だけに反応して終われるようにお身体が変化されてきているのではないかなと思います。
 
 
Y 確かに過去の燃料がだいぶ減ってきてるのかもしれません。
 
でも父はそれが全然なくなってないから、60年も前のことを昨日のことのような熱量で言い続けているんですね。
 
 
S そうかもしれないですね。
 
感情を解放するようなワークなどでその場で感情を表現して解放されたと思っているのに現実では変化を感じられないような方も同じような状況にあるのかもしれません。
 
感情が出てきて表現されていたとしても、それが身体性を持った動きとして完了しないと同じトラウマの渦を何度もなぞるだけになってしまうんですよね。
 
そして、そのトラウマのパターンを強化してしまうことも多いのではないかと思います。
 
 
Y 反応が過去に紐づいているだけではダメなんですね。それだけで過去の燃料が勝手に溶けていくわけではなく、強化されてしまうこともあるんですね。
 
 
S そうなんです。
 
何かをきっかけにトラウマ反応が起こる時に私たちはそのトラウマの渦にダイブして渦に簡単にのまれてしまうんですよね。トラウマの渦は魅惑的だと表現されることもあるんです。
 
 
Y その方が気持ちがいいというのか…
「わぁぁ!」となって一時的にでも不快感を解消しているような感覚になるんでしょうね。
 
 
S やはり出てきている反応、動きが何かしらの身体性を持ったものとして完了しないとトラウマの渦をなぞるだけにはなりやすいと思います。
 
 
Y 境界線についての変化でいうと、これまでは自分の境界線がぼんやりしているからその境界線に乱暴に入られる感じがして、自分でも同じような勢いで押し返すようなことをやっていた感じが、境界線を保ちながら接することができている感覚が育ってきているのを感じています。
 
これまではこういう感じはなかったです。
 
 
S 以前よりはっきりと感じられる境界線に近づく不快なものに対して、最近はどのように対応されている感じがしていますか?
 
 
Y 今まで一生懸命に境界線の内側に何も入ってこないようにガードしていた名残で操法も同じように受けていたのかもしれないと思うんですが、今回父と関わった時に「ここまで!」とガードするような感じはなかったんですよね。
 
父の感情が高ぶった時にこちらへ入られるより前にもうそこに居たくなくなって外に出たのかもしれません。
 
 
S 入り込まれるという感覚は特になく、その手前でその場から離れていたのですね。
 
 
Y その後も父の感情が高ぶって何かを言ってくることが何度もあり、その度にこのやろうと思うのですが、なんというのか…
 
 
S 先ほど言われていた「自分を保っていられる感じ」だったのでしょうか。
 
 
Y そう!そんな感じですね。
こういうのって言語化するのが難しいですね。
 
 
S 認知からアプローチした変化ではなくて身体がいつの間にか変わっているので、それを言葉にするのは簡単じゃないですよね。
 
 
Y 頭で考えて「その思い込みを手放します」ということはよくやっていたんですが、そういうものとは違っていて、いつの間にか変わっているから何か出来事があった後に「あれ?私よくやったじゃん」みたいな気づき方をすることが多いですね。
 
今回の父との関わりの中で特に身体を使ったわけではないのに、腰とかがかなり痛くなったんですが、次の日に疲れを持ち越してもいなかったんです。
 
何があっても大丈夫な身体になったわけではないけど、ちゃんと回復できていることにも気がつきました。
 
今回、2週間の間隔である程度の回数を重ねられたのは大きいように思います。まだ土台のところが安定していなかったから、月1だったらきびしかったのかもしれないなと思いました。
 
私はこれまでの積み重ねもあったと思うので、ボディワークなど何にも経験のない方が同じような回数でどうなるのかはわからないのですが、2週間おきにセッションを受けながら、その度ごとに「全然変わってないんじゃないかな」と思いながらも、セッションの前後で話をしたりする中で自分が気づいていなかった変化に気づいてもらえたり、それによって自分の気づきも深まっていったこの集中的に受けたSE6回とイールド3回は大きかったです。
 
回数とその期間は大事なんだなと思いました。
 
 
S これまでさまざまなタイミングでSEを受けてこられて、Yさんにとってどんなことが助けになっていますか?
 
 
Y 自分の防衛反応をこんなに抑えてきたんだということを本当の意味では気づいていなかったことに気づけたことは大きかったです。
 
社会に適応したり、人と上手くやるために頑張ってしまう方だとは思っていましたが、これほど抑えているのかと驚きました。
 
親や家族と関わる時には言いたいことを言っていて、自分は我慢ができない方だと思っていたけど、肝心な反応は常に押し殺していることに気づいて、そこが変わってきているのを感じています。
 
あとは、前日までの疲れを引きずっている感や、日々とくに何もしていないのに途方もない、終わりのない苦行をしているような徒労感、疲労感みたいなものが常に根底に漂っていたのが、いつのまにか感じなくなっていました。これは地味だけど結構大きな変化かもしれません。
 
無駄な警戒感。
これに気づけたことも良かったです。
 
 
S 生存するための無意識の身体反応なのでなかなか気づかないですよね。
自分の防衛的な反応がどのくらい世界に対して警戒しているのかは、無意識の反応なので多くの方が気づかないのではないかと思います。
 
 
Y 以前はワークショップでのセッションで誰にどこに立たれても全然大丈夫だったし、そのワークの後には身体がすごく良い感じになっていましたが、まだ初めの一歩のところがこんな状態だったのかと気づけたことは本当に良かったです。
 
その意味では、大打撃でしたが一昨年に起きた出来事もありがたかったなと思います。
 
ずいぶん脆いところに居たんだなと気づくことができました。
 
 
S その出来事に関わる関係性もお父さんとの関係と重なるようなものでしたよね。
 
 
Y まさにそうでした。
 
 
S Yさんの統合が進んでこられているからこそ、そこの関係がそのままでは不具合を起こさずにはいられなかったのかもしれませんね。
 
Yさんのお身体が変化していなければその関係は維持できたのかもしれないですが、Yさんご自身のお身体が主体を取り戻していく道には合わなかったのでしょうね。
 
 
Y そうだったんだと思います。
 
 
S 最後に、SEはどんな方が受けると良いと思いますか?
 
 
Y 誰にでも必要なことだとは思うんですが、自分の状況や反応の背景に何かありそうだなと気づいている人にはいいんじゃないでしょうか。
 
でも違うアプローチを好む方もいると思うので、私もそうでしたがいろいろ取り組んできてもまだ何か残っているなという方には良いように思います。
 
何か身体感覚や感情的な反応が出てきてどうにもならなくて身動きが取れなくなっている方には受けるタイミングとしていいんじゃないかと思います。
私はそういう時にヒットしたというか、もう諦めてやるしかないという感じでした。
 
 
S そうだったんですね。
 
その方にとってちょうど良いタイミングってありますよね。
 
私も15年ほど前に、田畑さんからロルフィングの10シリーズを受けた時に身体の構造は気持ちが良いくらいに整ったのに内的な感覚がそれについていかないような、パソコンでいうハードがきれいに整ったのにOSがそれに合わせて同期していかないような感覚があり、田畑さんに相談したところご紹介いただいたのがSEでした。
 
内的な基礎のシステム(自律神経系)がある程度安定している方は、構造からのアプローチで進む統合が大きなものにつながりやすいと思うのですが、基礎のシステムに何かしらの柔軟性を欠くような部分のある方の中には、私もそうでしたが構造の変化にシステムが調和していかないという経験をされる方もいるのではないかと思います。
 
そんな時の選択肢の1つとしてSEは良いのではないかと思います。
 
今日は長い時間お付き合いいただきありがとうございました。
 
 
Y ありがとうございました。